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2012年03月03日

私は、今、自分の顔が好きです

2003年12月6日(土)

私は、父親似です。(顔とか、身体つきの事です。)
最近、ますます、父親の顔を自分の中に見つけて
ちょっと変な気持ちです。

私は学生の頃、自分の外見が本当に大嫌いでした!!

「お母さん、なんでお父さんと結婚したのよっ!
お母さんが、もうちょっとカッコイイ人と結婚してくれてたら、
私、もっと美人だったわ!!」 (おいおい)

私は下半身が太らないたちで、その代わり、
上半身が分厚い!のが本当に厭で、
よく、母に文句を言いました。

「こんな骨組み、整形手術でも直せないわよっ!!
制服だって似合わないじゃないのよっ!
こんな体形の子、クラスに一人もいないっ!!
お母さんのせいよっ!!」

母は ちょっと 悲しそうな顔をして、

「モデルさんだって、
あんたみたいな体型の人、いるじゃないの。
それにね、ちーちゃんみたいな体型の人は、
肺病にならんのよ。」

それを聞いて、私はますます機嫌が悪くなり、

「今の時代に肺病になる人なんか、いないわよっ!
わたしは、か細い肩の薄くて上品な体型に
なりたかったのよっ!!」

今、思えば、残酷な事を言ったものだと思います。
父も母も、きっと悲しかったことでしょう。

当時のわたしは、
父があまり好きではありませんでした。
怒りっぽくて我が侭な人だと思い込んでいたため、
父の本当の姿が見えなかったのです。

でも、今なら、分かることがあります。
我が侭にならざるを得なかった父の色んな苦しみが
分かる気がします。

・・・・・そうして、素直になって思い出してみたら
いろんな事が思い出されました。

その中のひとつのシーン。

子供向けの文学全集を毎月買って帰って
私に渡してくれる時の嬉しそうな父の顔。

私が子供の頃、うちは貧乏だったので、
あまりおもちゃは買って貰えませんでした。

だけど、本だけは、惜しみなく買ってくれたな。
どんな本を欲しいと言っても、
駄目だと言われたこと、なかったな。

その事に思い至ったとき、涙が流れました。

私は、今、自分の顔が好きです。
お父さん似の顔が好きです。

お父さん、お母さん、我が侭言って、本当に御免ね。

-----------
考えてみたら、母も全然 美人じゃないし、
どっちに似ても 同じようなもんだったのに、
なんであんなに父に似ているのが嫌だったのか・・・。
ほんとに不思議。

ということで、お休みなさい。

今日は、夜更かしをしない良い子の???ちーひめ掲示板も見てみる
posted by ちーひめ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月31日

銀行のタオルとお風呂の煙

ちーひめが子供の頃、うちは五右衛門風呂だった。

はっきり言って、絶対に自動のほうが楽なのに
父は、なぜか、五右衛門風呂こそが風呂の中の風呂と
思い決めていて、薪をくべてお風呂をわかすことに
固執していたのである。

で、なぜか、お風呂のかまどのあたりに
母は紐をつるして、洗濯物を干していた。。。。

で、乾いて、ちょっとゴワついたタオルは、
そこはかとなく、燻製のような、バーベキューのような
えも言えぬ煙の臭いがこもっていたのである。

で、話は変わり、時代は移り、場所も変わり・・・

今朝、わたしは、フロリダの我が家で
シャワーを浴びようとバスルームに行った。

そうすると、なぜか、懐かしいにおいが。。。。。

そう、あの、そこはかとなく煙ったような
燻製のようなにおい。。。。木をいぶしたような
なんとも言えない臭い。

一体これは何???

ふと見ると、その臭いの震源地らしき所の上に
なんと、銀行のタオルがかかっている〜。

@@@@@@@@ ああ、ロマンチック!

え?何なの、これは?????
一瞬考えて、ちーひめは、やっと気づいた。

あ〜〜〜、このにおい、樹林シートの臭いだ!

私は、例の(知る人ぞ知る)樹林シートを、
前日に数枚使っていたのだった、そう言えば。

あの、樹林シートは、
医学的に実証されてるかどうかは知らないけど
使った実感としては、かなり効く。

悪いところがあると、このシートが、
悪い毒素を体から吸いだすようで、オレンジ色のような
茶色のような色になって、どろどろしてくるのだ。

そのどろどろの樹林シートを捨ててあるゴミ箱から
その燻製のようなにおいはしていたのであった。

そして、その上にある、銀行のタオル@@@@。

母が日本から本を大量に送ってくれたとき
隙間をうめるために詰め込んでいたものだった。
せっかく、送ってくれたし、と思って、
樹林シートをはがした足をそのタオルで拭いたのだった。

なんとも、懐かしいような、涙ぐましいような、
銀行のタオルと、おふろの煙のにおい。

なぜか、そのとき、私の脳裏に父と母の顔が点滅した。

(今から、両親に、また、ちょっと電話しよう!
昨日かけたところだけど・・・・。)

樹林シートを知らない人は、ここを見てみて!
posted by ちーひめ at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

目の前の一人を全力で愛そう

2004年2月2日(月)

節分というと思い出す話があるんだけど・・・
(って、こっちはまだ2月の2日なんだけど・・・)

母が昔、職場で まめひろい トーナメントに出た時の話。

これは、節分のマメを 箸で拾う競争で
決められた時間内に
一番たくさん拾った人が優勝するんだけどね、

なんと 母が優勝してしまったの。

50人くらいの中で優勝だったから、
馬鹿馬鹿しい競争ではあっても、ちょっと感心した。

で、母にその秘訣を聞いてみたの。
そしたら、母は 笑いながら こう言った。

秘訣って言われても、特別な事なんか何もしなかったよ。
とにかく、ゆっくりと一つ一つ拾っただけだよ。

皆焦って拾うもんだから、いっぱい豆を取り落としてたよ。
豆があちこちで飛んでたもの。

でも、かあチャンは、鈍いからね、
慌てたって取り落とすに決ってるもんね。

一個ずつ一個ずつ丁寧に拾ってたら
気がついたら一番になってたの。面白いねえ。

この話を今も時々思い出す。
する事が沢山あって焦りそうな時とか・・・

もちろん優先順位をつけて全体を把握しているってことは、
心の安定にとって とても 大切な事なんだけど・・

そのなかの一つをやり始めたら
今やっているその一つを大切にしたいな・・・・・
と思わせてくれる話。

そしてね、こうも思う。
一日の間でも色んな人に出会うけど
誰かに会えたその時に、今、目の前にいるそのひとを、
ひとりひとり大切にしたいって。

大切にするっていうのは、意識や関心を
完全にその人に向けるってくらいの意味なんだけど・・・

ちーひめ 

 
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posted by ちーひめ at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嫁に行ってあげたい?

2004年1月19日(月)

そんな事言うてもホントは誰かおるやろ?
まさか、だ〜〜れもおらんということはないやろ?

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・

実家に帰るたび、父に、いつもこう聞かれてた。

父は結婚こそが女性の幸福だと信じ込んでいる人だったので
私がさっさと嫁に行かない事がとても心配なのである。

私は、そんな父に洗脳されて育ったせいか??
学生のときは、自分は絶対結婚すると信じて疑わなかった。

うふふ、私だけの人が絶対どこかにいるわ。
その人とは、運命の出会いをするのよ。

その人とは、会ったとたん、一瞬のうちに、お互いが
どんな人間なのか理解しあうんだわ。うっとり。

(↑ 非現実的 )

目を見ただけで、過去の悲しみも喜びも分かってしまう・・。

そして、私はその人に言うんだわ。
私はあなたと出会うために生れてきたのよ・・。うっとり。

(↑ 少女趣味の極致)

で、結婚したら7種類のエプロンを揃えようかしら。
そうね、月曜は パリっとノリの効いた白いコットン・・
一週間の始めに相応しいわね・・・火曜日は・・(後略)

そうね、子供には絵本を書いてあげようかしら・・。
うふふ・・・。

読み聞かせもしてあげるんだわ。うふ、うふふ。

そして、可愛い子供たちは言うに違いない。
ママが読むと、ほんとにそこに色んな人がいるみたい!
ママは世界一のママだ!

うふふ。。。と空想は果てし無く広がるのであった。

しかし、予想に反して??、相手は果てし無く現れず、
ついに父に懇願されるようになった。

「日本人やなくてもエエ。何人でもええから、
とにかく、ワシが生きてるうちに、嫁に行ってくれんか?
お願いやから、現実的になってくれよ。自分の市場価格を
知らんとあかんよ。バナナでいうたら、たたき売りやぞ。」

バナナのたたき売り・・・・。
帰国するたびに、果てし無く説教をされるので、
思い切り腹立つ父ちゃんやなーーと内心思っていた。

だけどある日、従姉妹がこんな手紙をくれた。

うちの子供を抱いたおっちゃん(ちー父)がな、
わしはもう、自分の孫を抱く事は一生ないかもしれんなー、
とタメイキついとったよ。

さすがの私もしんみりとしてしまった。
ふわふわと柔らかい赤ちゃんを
父に抱かせてあげたいと思った。

だけど、やっぱり、
そうはいかず何年か過ぎてしまい、
ついに父は諦めたのか、文句さえいわなくなってしまった。

安心したような、申しわけないような複雑な心境だわ・・。
今年帰ると、また、白髪が増えているんだろうな・・。

ーーーーー

あのね、わたしね、神様に護られてるなあ・・と
しみじみ思うことがよくあるんだけどね・・・。

って言うのもね、昔はね、ちーひめ
結婚して食べさせて貰えるものと信じ込んでいたからね、

自分が働かなくてはならなくなるなんて
夢にも思ってなかったんだよね。

(おいおい、こらこら)

だから、まあ、言ってみれば仕事能力も技術も
皆無だったわけなんだよね、はっきり言って。

(・・・・・・・・・・・・・・)

だけど、たまたま、そのとき住んでたアパートから
歩いていける所にあるレストランで働き始めたら、

丁度その時期に、そこのオーナーが
モールのファーストフードのビジネスを始めたんだよね。

そしてね、あれよあれよと言う間に
その規模がドンドン大きくなってしまったんだよね。

思いおこすと、とっても不思議。

あれだけ、無能で無力だった自分が、
よくぞアメリカで生き延びたものだと感心してしまう。

自分なりに一生懸命だったけど、でも、舞台設定は
自分の意志を超えたところで頂けたもの。
ホントに、自分の力じゃないなあ・・・・・・。

いろんな物を自分の物だと思っているけど
ホントは自分の物なんて何一つないんだろうなあと思う。

自分の身体も含めて、今世の魂修行のために
一時的に預からせていただいているだけなんだろうなあって
なんか、思ってしまう・・・。

重々無尽に支え合って生かされているんだなあ、私たち。
みんな、本当に有り難う。

ーーーーーー
またまた、夜更かし しちゃった。えへへ。

ああ、そうそう、夢の事なんだけどね・・・・
一昨日はラム肉をグリルか何かで焼いている夢を見たよ。
羊肉なんて嫌いなのに変なの。

で、昨日の夢はね・・・・
思い出そうとしなかったので、全然何も覚えてない。

今日はもっと良い夢が見たいなあ。おやすみーー。

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posted by ちーひめ at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そのときの子供(生きているといろいろあるよね#2)

2004年1月7日(水)

昨日の日記(↓)の続きだけど・・・

http://shiawase777.seesaa.net/article/9273523.html

ちーひめは、そのお姉さんのこども、
いとこに会った事がない。

その子は、いまごろ、どうしているだろう?

生れてきてよかった・・・・・
そう思ってくれているだろうか?

生れてくるべくして、人は生れてくる。

ちーひめは信じている。
人生の目的のひとつは、魂の向上であると。

魂の向上 即 幸福。

そういう見方をした場合、
不幸な環境というものへの感じ方が変る。

魂を磨くこと、
それが素晴らしいチャレンジに思えてくる。

苦しみのまっただなかにいると
とても幸福なんか実感できなくて、ただただ
辛かったりするけど

その苦しみを抜け出したあとは、
その苦しみを乗り越えた経験こそが、
輝ける勲章に変る。

話してあげるだけで、人の心を癒すような、
そんな経験談を沢山持っているひとって、
ほんとは、とってもラッキーな人だと思う。

同じ事を話しても、
その奥からにじみ出てくるような愛。
それをたくさん持っている人。

母の姉の子供は、きっといまごろ、
そんな人になっているに違いない。
ちーひめはそう思う。掲示板も見てみる
posted by ちーひめ at 06:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

同胞よ、生きていると色々あるよね

2004年1月6日(火)

あのね、かあちゃんのお姉さんにね、
見とれるほど綺麗な人がおったんやけどね・・・

・・・母が自分の家族の事を話すときは、
楽しい話もあるし、どっちかというと、ちょっと
やるせない話もある。

でも、なぜか、母が話すと
淡々としていて、あんまり生々しくない。

で、その美人のお姉さんのはなし。

・・・・

そのお姉さんはね、とっても賢くてね、勉強もよくできた。

性格もね、明るくて優しくて・・・
ホントに申し分のない素敵な人でね、だから
ばあちゃんのお気に入りやった。

そして、かあちゃんの自慢の姉さんやった。

そんな お姉ちゃんやったのにね、ある日、
奥さんがいる人を好きになってしまってね、
その人と駆け落ちしてしまったんよね。

おばあちゃんは、お姉ちゃんを勘当した。

そしてね、おばあちゃんは、それ以来一度も、
その姉ちゃんの名前を口にした事はなかった。
気丈な人やった。

お姉ちゃんに子供ができたと聞いても
会いにも行かなかった。

そのお姉ちゃんが、亡くなってしまった時も
お葬式にも行かなかった。

あんなに大切にしてた自慢の娘だったのにね・・。

おばあちゃんも、お姉ちゃんも、
どんな気持ちで暮していたんだろうか・・・・・・。

・・・・・
・・・・・・・・・

--------
ちーひめは思う。

やはり、人には人の道があって
他人を苦しめる生き方が幸福なわけがない。

だけど、そうだとは知っていても
間違いを犯してしまうことだってある。

そんなときに、私は、せめて、そのひとの
哀しさを分かってあげられる人になりたい。

自分の正しさを振りかざして裁くのではなく
人生のしみじみとした悲しみを共に悲しめる人になりたい。

それは悪を肯定するという意味ではない。

善を取って悪を去るという理想を持って生きる事は
とてもとても大切な事だ。

だけどね、自分自身の数々の間違いを思い、
それでもこうして生かしていただいているという
大いなるものの慈悲を思うとき、わたしは人を裁けなくなる。

同胞よ、生きていると、いろいろあるよね、と言って
その人の肩を抱いて一緒に泣いてあげたくなる。

おばあちゃんも苦しかった。
母の姉さんも苦しかった。

みんなが精一杯生きているということ。
わたしはそれが愛しい。

--------

ばあちゃんは、好き嫌いが激しいひとで
そのお姉ちゃんがいなくなった後のお気に入りは母でした。

でもって、いっぱいいる孫の中のお気に入りはちーひめ。

ちーひめには、いい ばあちゃんだったなーー、ほんと。
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posted by ちーひめ at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちー母の昔話いろいろ

2004年1月5日(月)

かあちゃんはね、走るんが ものすごく遅くてね、
運動会の かけっこ ではいっつも びりから二番目。

だからね、運動会の前の日にはお祈りしたもんよ。

神様、あのびりの子が休みませんようにって!

その子も可哀相よね、そんな事お祈りされて、うはははは。

ーーーーーー

かあちゃんが中学のころね、
高校に行く子はちゃんと教室で勉強してるのに
進学できん子は、そとで薪を拾わされてね・・・

かあちゃんは、窓から教室を覗いて、なんだか
泣きそうな気分やったんよね。

そしてね、ふと隣りをみたらね、
なんと、ちーちゃん、学年で一番の子が一生懸命
薪を拾ってるじゃないの。

かあちゃんは恥かしかった。

あんな賢い子でも文句ひとつ言わないのに
かあちゃんが贅沢いうたら罰が当る。
そう思った。

あの子な、どんなに辛かったやろな。

ーーーーーーー

じいちゃんはね、舟大工やったんよね。
それでね、使い残した木を外に出しとったんよね。

そしたらなあ、そこから、にょきにょき 椎茸が
いっぱい生えてきてナア。

うーーん、あれは、ビックリしたなあ。

ーーーーーーー

ちーひめの母は、ホントに平凡な人だけど、
いつも明るくて、悪意がなくて、人の悪口を言わない。
ゴシップもしない。ちーひめは、そんな母が大好きです。

母に関しては、他にも紹介したい話がいっぱいあります。

これからも、時々、母の話、させてね。
聞いてくれて、有り難う、みんな。
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posted by ちーひめ at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ちーひめの家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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